忍者ブログ

空歌童心

『書く』『考える』『楽しむ』

[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

男の子は大切ではない。女の子は要らない。

男の子は大切ではない


とあるブログで「男性が思春期に直面する『男の子は大切ではない』というメッセージ」というようなものを読んだ。
これを読んだとき衝撃的だった。
『男の子は呼び捨てで、言葉も汚い。女の子には「さん」付けで言葉も丁寧』
『男の子には少し汚れたおもちゃでも良くて、女の子にはきれいな方を渡す』
『男の子は小さなことに拘らない』
『男の子は泣くな。女の子はちゃんと怪我の手当てをしてもらえる』
と言ったような事を書き連ねて、女の子は大切で『男の子は大切ではない』というメッセージを発してる。

とまとめていた。

なるほどーと思った。
私は女なので、それには気が付かなかった。

が、同時に私の中の女の子は

『女の子は要らない』というメッセージを受け取っていた。


男性が思春期で『男の子が大切ではない』というメッセージを受け取るのならば
私は幼少期に『女の子は要らない』というメッセージを受け取った。



理由は一つ
『女の子は家を継がない』からだ。

男の子でよかったね


私には妹や弟がいる。
弟が生まれた時、『男の子でよかったね』と言われた。『お母さん頑張ったね』と。
弟は末子長男だ。

未だに末子長男の弟の話をすると『お母さん頑張ったね』という人達もいる。
……それは、女では役に立たないからだ。男が家を継ぎ、男が役に立つことを知ってる人達が口にする言葉だ。

だけど、彼らに悪意はない。
悪意が無い故に、傷つく。私は何なのかと。同じ親の元に生まれたはずなのに、女では残念で、男ならばよかったと言われる。


母は私の時も妹の時も弟の時も同じように頑張ったはずだ。
なのに、『お母さん頑張ったね』は弟にだけ向けられる。



そんなのは弟が生まれた30年近くも前の話……だと思っていたら
つい数年前にも『男の子を産まないとだめじゃないか』と言ってるお爺さんを見た。
言われた相手は娘ばかりが数人いる親だった。


ため息が出た。
今の時代、遺産は平等に分けられる。
家を継ぐといえるほどの家業をしてるわけでもない。
それでも、『娘』では残念で、『息子』ならばよかったと思ってる人間がいるのだ。


言われた相手の「今の時代、そんなことはないですから……」の言葉も耳に入れずに
お爺さんは「男の子じゃないといかん」みたいな話をしていた。



男性も身軽なこの時代。
あれほど『(家を継いでくれる)男の子でよかったね』と言われた弟は、
県外に就職して県外で家庭を持ち、家を持った。




わずか5つそこそこの子供の私にとって、『弟が生まれてよかったね』は
『自分(女の子であること)が否定』されたに等しい感覚だった。

拍手

PR

コメント