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空歌童心

『書く』『考える』『楽しむ』

"地方"カテゴリーの記事一覧

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  • 社会は子連れに不寛容なのか?

    電車と子供


    都会では電車の中などで、子供に対して舌打ちする人がいるのだとか。
    周囲にも気を使って生きなければいけないのだとか……。

    子供ではないけれど、大量の荷物を持っていた時にいきなり怒られたことがある。
    最初は相手の言葉が分からなかった。
    早口で話していて理解できなかった。
    そのうち「あなた、邪魔だから退きなさい」と言われているのだと気が付いた。
    そう言いながら、私を引っ張るのだ。
    荷物でバランスが崩れそうになってる私に構わずにその人は引っ張る。
    ……いっそ、その場所で転んでたらよかったのかもしれないと今なら思う。


    地方では移動手段はほぼ『自動車』だ。県庁所在地は別かもしれないが、大半は『車必須社会』だ。
    移動時に他人と出くわすことはほぼない。
    電車の中の化粧なんてのも、地方にはほぼない。
    やりたければ、自分の車の中でやる。
    そこに文句を言う人間はあまりいない。


    パーソナルスペースの広い地方(地方も色々あるけれど、田舎として考えると分けやすいかな)と
    パーソナルスペースの狭い都会。

    人にぶつかることが当たり前の都会と
    人にぶつかったら謝る地方。


    子連れに不寛容と言うよりは、スペースの狭さなのではないかなと感じる。
    ただ、都会にいる人も色々なので、都会だから不寛容……とも言えないけれど。


    『子供だから許してよね!』は、どうかと思うけれど
    『子供を連れていて、すみません』は要らないと思う。


    みんな子供で、みんな小さい頃は泣いていた。
    それを忘れてるだけ。

    そんな気がする。


    職場と子供



    職場に子供を連れてくるのはどうかと思う……という意見を見かけた。
    個人的には『職場』もいろいろあるので、一概には言えないと思う。

    「仕事の効率が落ちる」という意見も見かけた。
    これもまた、人によるような気がする。
    子供の泣き声が本当にダメなんだ!!という人もいるかもしれないが
    子供が泣くかどうかは子供に寄るとも思う。

    もし、仮にどんな子供でも泣いてしまう職場があるとするのならば、それはその職場の何かがおかしいのかもしれない。


    走り回ったり騒がしい子供は困る……というのならばまだ、理解できる。
    大人しくほぼ眠ったままの乳幼児すら、『仕事の効率云々』というのならば、観葉植物すら「水やりをする人が気になって仕事の効率が落ちる」というのかもしれないと思った。


    14歳も子供だけれども、確か今は職場体験が必須になっているハズ。
    あれもかなり仕事の効率は落ちると思う。
    職場から子供を切り離した弊害が14歳の職場体験に現れているような気もするのだけれども。

    何も知らずに社会に放り出されて、上手く社会に馴染めた有能な人達は気が付かないのかなとも思う。

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  • 女性の成績優秀者の未来は結婚……しかないの?

    ↓この記事を読んで、ものすごく共感してしまった。

    「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由


    私の事


    私の田舎も似たようなものだ。
    畑は広がってないが、田んぼは広がっている。
    見えるものと言えば、山と田んぼと点在する家々と遠くの海ぐらいである。


    そして、女である私にはどんなに成績優秀であっても大学に行く選択肢はなかった。


    薄々感じてはいたけれど、学年一位で優秀だと言われていた従姉妹が、
    『女の子なんだから、大学なんて行かずに就職でいいわよね』
    と就職した事実を知った時、自分の未来も似たようなものだと思った。
    同時に勉強をする理由が分からなくなって、勉強する気がなくなった。
    もちろん成績は下がったが、どうでもよかった。


    従姉妹には上に二人の兄がいて、彼らは大学に行っている。
    三人目の従姉妹を大学にやる余裕がなかったのではなく、最初からその予定はなかったらしい。



    私の家も似たようなものだ。
    それでも、「就職するなら死んでやる!!」と思いたって、私は専門学校進学を選んだ。
    親を説得する資料を集めて、親の言うことをすべて聞いた。
    親は私が家を出るのは『結婚した時』と思っていたらしく、今でも「あんたは勝手に飛び出して」と言われる。



    私には弟がいる。
    弟は大学に行った。
    従姉妹と同じ高校、同じ学科、同じ学年首位だった。
    先生が大学行きを勧めのと、「男なんだから大学ぐらい行きなさい」の親の言葉と
    当時運よくお金があった事も相まって、大学行きとなったらしい。

    私の時は誰も行けとは言わなかった。
    従姉妹の時も誰も行けとは言わなかった。


    男と言うだけで、「大学行き」を勧められることに唖然とした。
    が、当の弟はそれほど乗り気ではなかったようだ。
    実は専門学校を目指していたと後から聞かされた。
    弟は私と逆で、男だから目指したい場所へは行けなかったらしい。


    インターネットがあったから


    女は優秀なら短大へ、そうではないのなら地元で就職して結婚して家を出る。
    男は優秀なら大学へ、そうではないのなら地元で就職して結婚して家を継ぐ。
    (男が二人以上なら出て行く人間もいる)


    田舎では大半はそうなるようなイメージを親は持っている。
    ただ、この『優秀なら』も大半は、高校進学時点で未来はほぼ決まってる。
    進学校に行くという事は親も「大学進学を勧めている」からだ。
    地元の高校に行くということは、「就職・もしくは地元大学(女は短大)のみの進路」ぐらいでほぼ確定している。


    私のように唐突に「専門学校(決められた進路以外)に行きたい!!」と言える人間がどれほどいるかは疑問だ。



    記事の著者は1987年生まれという事で、私よりも若い。

    私がぎりぎりで進路を変えたのは『ネットの影響』が強い。
    おそらく、インターネットがなければ、進学はしなかっただろうと思う。


    とはいえ、私がインターネットを使える家庭にいたのは偶然に過ぎない。
    今のように一人一台スマホではない。携帯電話を持つ高校生も珍しかった。
    私自身も進学した時に連絡用にと親に買って貰ったのが初めての携帯電話だった。
    「インターネット?根暗だね」と言われても不思議ではない時代である。


    父が仕事でパソコンを使い、新しいモノが好きでインターネットを通していたから、
    私にとってインターネットが身近だった。


    それらはただの偶然なのだ。
    従姉妹の家にはインターネットは通ってなかったらしい。


    身近に『ない』ものが沢山ある


    記事の中に『身近に大学生がいなくてイメージが出来ない』と書いてあった。
    確かにその通りだと思った。

    大学という存在は知っている。
    けれど、「どこにあるの?」……弟が大学進学した時も地図を開いて確認したらしい。


    大学生と言う存在は身近に存在しない。
    従兄弟が大学に行ったと言う話を聞いたのも、私が成人した後である。

    私が行った専門学校に至っては、本当に存在すら知らなかった。
    進学情報誌を開いて、そんな存在があると知った時の衝撃は計り知れない。

    さらに言えば、今では当たり前にあちこちにあるコンビニも私が小学生の頃はなかった。
    親に聞いても、親もよく分からない感じでしか返事が来ない。
    小説に当たり前に「コンビに行ってきた」と書いてあっても、それが何なのか想像も出来ないのは悔しかった。


    本屋に参考書がない…という記述も見かけたが、私が住んでる町にはすでに
    『本屋』がない。


    今はインターネットがあるから、そんなことはない……わけではない。



    私が高校生の時よりもネットが普及して、誰もがいろんな事を調べられる。
    便利ではあるけれど、だから 『誰もが何でも知る事が出来る』わけではない。

    人は興味を持つことしか調べないのである。
    『興味を持つ』範囲内に、それがなければ調べようとも思わない。
    大学なんて身近にない。
    専門学校なんて存在も知らない。
    それでは興味を持つことすらできないのだ。





    記事にはこう書いてある。


    教育における地域格差の帰結をあらためて言い換えれば、それは「同じ学力の子供が、田舎に住んでいるという理由だけで、都市に住んでいれば受けられたはずの教育の機会を奪われている」ということである。そして、「知っていたら大学に行っていた」人口は、間違いなく、かなりの数にのぼる。
    「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由




    行っていた人口が増えるかどうかはさておき、目指す人口は増えていたと思う。
    そもそも、『(県外の大学を)目指すことさえできない』のが田舎の大学進学だと私は思っている。

    もちろん、皆がみんなそうではないとは思うけれど、大半はそうなのだと思う。





    おまけ::
    私の身近で大学進学した女性は親も大卒者というのが多いのです。
    が、金銭的には親はかなり苦労したとも聞きます。…普通に田舎から都会へというだけで交通費はかかりますしね。その他もろもろ、都会の人との費用の差はバカにはなら無いと思うのです。

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  • 地方議員の成り手は少ないのか?

    地方議員の成り手は少ないらしい。
    他の土地の事はよくわからないが、私の住んでる地域では
    「成り手が少ないから報酬UPしよう」という議論が進んでいるのだとか。
    ……似たような議論をして、盛大に不正を暴かれたニュースあったような。

    のど元過ぎればなんとやら。コケタ他の地域を尻目に
    不正が見つからなかった私の地域では、何事もなかったように議題になっている。
    でも、今のところ私の住んでる地域では地方議員の無投票は起きていない。
    それどころか、市町村長の選挙で立候補を考えた人間に対して
    『婿(よその人間)が口を出すことではない』と地域総出で反対したとかしないとか。


    地方の『議員の成り手不足』は本当に、「成り手がいない」のか疑問に思う。
    いや。本当に成り手がいない地域もいるかもしれない。
    けれどもそれは

    :他の土地から移住してきた人間をよそ者と排除した結果ではないのか?
    :若者の立候補を『まだ若いから口出すな』と排除した結果ではないのか?
    :女性の立候補を『女が口出すな』と排除した結果ではないのか?

    疑問に思うことは多々ある。

    もちろんそれは、『地方議員』に限ったことではなくて、そこに住む人達への態度がそうであるともとれるのだけれども。


    私の住んでる地域ではこれらの傾向は強いと感じる。
    だから、「成り手がいないから報酬アップ」の議論は単に
    ジジイ男性年寄り達の老い先短い生活費確保」にしか見えない。


    かと言って、何とかしようーーって気が全く起きないのも問題なのは分かってるのだけど
    もんもんしながら生きている。

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